日常日記デジタル

my world, my memory.

祈る

昨日は、内定先の就活イベントに内定者として参加した。イベント運営のお手伝いと「内定者トーク」への登壇が主な内容だった。

ほんの少し前まで緊張しながら通っていた本社ビルの入門ゲートも、今回は一緒に参加したほかの内定者や人事部の方と談笑しながら通った。自分の中身は少しも変わっていないにもかかわらず、心持ちは全然違うものになったんだなと感慨深いものがあった。

参加者は30人ほどいたのだけど、みんな熱心で凄いなと思った。イベント中は少しの時間しかとれなかったから、イベント終了後も任意で居残ってもらっていいですよ~とアナウンスがあったので、多くの学生がそのまま残ってまたまた質問攻めにあっていた。たじろぎながらも、少しでも自分の体験が役に立てばいいなと思っていろいろ話した。

参加したのは大学3年生が中心だった。この年の学生は大学2年時からコロナ禍で、「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)に何も書けないんですよね。。」と肩を落としながら話す人もいた。自分はコロナのコの字もない時代に学生生活を送った身だから正直返す言葉がなかった。それでもこうやって機会を見つけて行動しているのだから偉いよ、その積み重ねがきっといい結果を呼び込むと思うよって言った。一人で過ごす時間が多かったからこそ、自分と向き合う時間も多かったんじゃないかなとか。なんかいま振り返ると割とその場しのぎな回答で、薄っぺらい。少しでも伝わっているといいのだけれど。

自分が生まれた時代を呪いたくなるときもあるかもしれない。特に就活がうまくいかなかったときとか。でもどうか腐らないでほしい。みんなそれぞれにいい人生が訪れますように。

徳川家康ってやっぱすげえわ

先日、所用で日光東照宮(栃木県日光市)を訪れた。パワースポットと言うと安っぽく聞こえるが、神秘的で荘厳な雰囲気が漂う神社だった。

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日光東照宮(栃木県日光市

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日光東照宮・陽明門(栃木県日光市

敷地内で家康の遺訓が紹介されていたのだが、それがけっこういいなあと思ったので、メモ代わりにここに残しておこう。

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。

徳川家康 東照公御遺訓)

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含蓄のある言葉だ。流石は戦乱を生き抜いた末に太平の世を築いた御仁である。

僕が大学を卒業する時に恩師から贈っていただいた言葉を思い出した。

静かに行くものは健やかに行く 健やかに行くものは遠くまで行く

家康の遺訓の冒頭と重なるところがある。この先の人生、静かに健やかに生きていきたいものである。

【随時更新】2021年度やることリスト

1. 取材基礎力

法律

歴史

デイリーニュースチェック

  • まずは1紙を記事スクラップ(「なぜ今報じたか」をメモ)
  • NHK「ニュースウオッチ9」「クロ現+」「Nスペ」はできるだけ見る

 

2. 語学

The New York Times、The Washington Post、The Guardian等の英文を読み、滞りなく理解できるようになる。"The Elements of Journalism, Revised and Updated 4th Edition: What Newspeople Should Know and the Public Should Expect"を原書のまま理解できるようになる。

  • 英単語(『コロケーションで覚える英単語』)
  • 英文法(『英文法基礎10題ドリル』)
  • 長文読解(参考書未定)

 

3. 趣味

  • 好きなだけ映画を見る
  • 積読本の消化(長編に挑戦)
  • 美術館めぐり
  • おいしいものを食べる
  • 旅行(できれば海外1ヵ国以上)

 

 

いい取材ができるよう、労を厭わず取り組むべし。初心忘るべからず。

読後爽やか

どんなお話が好き?僕は読後が爽やかなのが好きだ。便宜上「読後」としたが、それは映画でもドラマでも同様である。物語の中盤ではどんなに運命に藻掻いていても、最後は爽やかに前を向く話が好きだ。完全に前を向いていなくても、そのきっかけが落ちていたり、兆しがやってきていたりするのでもいい。200cc分泣いたなら、10ccは爽やかな涙を流したい。

人生でも同じかもしれない。途中足掻いたって最後は笑いたいじゃん。

Life is a tragedy when seen in close-up but a comedy in long-shot.
(人生はクローズアップで見ると悲劇だが、ロングショットで見ると喜劇だ)

たしかあれは『夜と霧』だったっけ。強制収容所のような極限状況下にあっても夕陽をきれいだって思えたりとか、飢餓状態にあっても配給のパンをちゃんと等分しようとする人がいたことだとか。そんな話が書いてあった。

つまらない人生でも、うまく行かない人生でもいい。忘れてはいけないのは、最後の最後に残るのは自らの態度だってこと。いつ殺されるかわからなくて強制労働をする毎日を送った人でも、塀の中から夕陽を見て美しいと思った。自由や尊厳が奪われた世界であっても、その世界に対してどのような態度を取るのかという自由は最後の最後まで奪われはしない。

だから、どんな物語でもそこに希望はあるってことさ。映画で泣いたとして、その涙の中にわずかでも爽やかなものが混じっているのがいい。それが生きるってことだ。

以上、TBSドラマ「空飛ぶ広報室」1〜2話までを久しぶりに観たから、思ったことを書いた。明日も頑張ろう。

 

 

何かが起こりそうな気がする
毎日そんな気がしてる
ああ うるせい人生さ
そう 今日も
何かがきっとはじまってる

エレファントカシマシ / 四月の風

 

わたしたちが頻繁に、そして長く熟考すればするほどに、ますます新たな賛嘆と畏敬の念が心を満たす二つのものがある。それはわが頭上の星辰を散りばめた天空と、わが内なる道徳法則である

イマヌエル・カント, 『実践理性批判2』中山元訳, 光文社古典新訳文庫

 

https://basassang-blog.tumblr.com/post/57706689408/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E7%BE%A9%E9%81%93%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%82%80%E3%81%91%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89

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楽しかった

「自然体でね!」

面接前、何度もこの言葉をもらって会場へ行っていた。だけどやっぱり緊張しちゃうし、質問攻めにされると答えに窮しちゃうこともあって、自然体ってなかなか難しいんだよな〜〜と感じていた。

でもね。今回の選考は本当に最初から最後までほとんど自然体でいれた!!!自分に起こったことなのに、すごい不思議な体験だった。

頭でこうしようとかではなくて、体が自然にそうなってる感じ。だから面接官・担当の人とも楽しくお話できた。

選考は今日終わったので、結果はまだ来てないけれどいい結果になってるといいな。6月中にはシューカツ終わらせたい。頑張るぞ。

生きていくことの耐えられない軽さ

こんな映画を見た。 

www.amazon.co.jp

この映画の前評判は「しんどーーーーー!!!」だった。どうしんどいのかを知りたくて冷静に見るように努めたがそれは無理だった。なかなかに心をえぐられてしんどかった。

生きるのに必要なのは、酸素と食料と水だ。異論は認めない。

でも人は自分が生きていくのを確かめなければ生きていけない。それが不確かだと、自分は生きていてもいいものかと自らを絶望に追い詰め、身を削りながら危うい綱渡りを続けなければならない。生きていくための承認を得るには、女の場合、かわいいと言われること、愛されることが何よりも重要なのだ。映画中の主人公は、愛されたいのではなく、愛されないと死んでしまう人物だったのだと思う。

かわいいと言われること、愛されることが義務になると、あらゆる行為が手段に変わってしまう。「自分がやりたいから」という自己目的的な純粋な行為ではなくなってしまう。彼女の上目遣いや猫なで声は、理性で選び取った末の努力の産物なのだ。すべて行為は、自分をかわいいと言ってくれる男をハックするための手段なのだ。これは遊びではない。自らの生存がかかった命がけの行為なのである。

自分が絶望の淵にあるとき、やさしくしてくれた男がいた。彼に好意を伝えようとした矢先、相手に女がいるとわかって、男の家から公園まで逃げるように走って砂場で泣きじゃくった。公園の砂場は幼児性の象徴である。幼児は親なしには、つまり、依存先なくしては生存ができない。映画中の女も、縋る男がいなければ生きていくのを確認することができない。男に振られて砂場でわんわんと泣いたのは、彼女がいかに自らの存在を保つのに、子供さながらの依存先が必要であるかを示しているようだった。自らが生きていくのを肯定するためには、確認するためには、愛されることが必要で、愛されるためには、かわいくあることが絶対条件だったのだ。

生きるためには、生きていくことを確かめなければならない。脆くいまにも崩れそうな体を引きずって、それでも、生きていかなければならない。

残酷で、しんどくて、果てしない世界があるのを、この映画で知った。華の金曜退勤後に見る映画ではない。

 

 

悪女  中島みゆき

 

悪女になるなら 月夜はおよしよ

素直になりすぎる

隠しておいた言葉がほろり

こぼれてしまう「行かないで」

悪女になるなら

裸足で夜明けの電車で泣いてから

涙 ぽろぽろ ぽろぽろ

流れて 枯れてから

他人に失望する前に自分に期待してやろうじゃないか

珍しく言いたいことがタイトル24字にまとまっている。だからこれから書くのはすべて余分だ。しかも勢いで書いている。勢いでしかないから勢い以上であるはずはない。

今までの自分はどこか他人に期待していた。他人は(基本的に)優しい心根を持っているものだと思っていた。しかし他人は、当人についての利益がもっとも重要なのであって、それを守るためには相手を貶める言葉であってもなんの躊躇いもなくスラスラスラスラと言葉を吐くことができるのだということを知った。初めて知った。当然のことだ、むしろ今頃知るとは馬鹿だと思ってくれ。そう思って嘲笑ってほしい。自分でも自分が情けなくて、過去お人好しをしてきた自分のヘラヘラした顔をぶん殴ってやりたい。ヘラヘラしていたなあ。これまでどこのお花畑に住んでいたんだと詰め寄ってやりたい。でもそれはかなわないから今日は煙草をローソンで買ってきて自らの肺に煙を閉じ込めてやった。自分を殴りたかったのにお酒も入って少し気持ちよくなってまたヘラヘラしている自分が気持ち悪い。情けない。どうしようもないからこんな駄文をはてなブログに書きなぐっている。

他人に期待した自分が馬鹿だった。所詮他人は他人である。他人に期待できないのであれば、自分に期待する他ないではないか。だから思いっきり自分に期待してやるんだ。

こういうことを最後に書きたくなるのは自分の何が原因だろう。ポジティブとは違う。なんだ。おそらく頑固なだけ。ああ面倒だ。ほんとうに面倒だ。これからまた生きていかなければならないのがただただしんどい夜。